偶然の恵比寿

恵比寿の弁護士 藥師神 豪祐のブログ

チームづくり

今年のテーマは「チームづくり」。仕事も家庭もその他諸々も。良いチームワークを築くことに専念したい。そして、自分を的確に把握することがチームづくりの前提だなとよくよく思わされる。

  

back in the dayしてみると小さい頃から自分は「人生は短い」という感覚を持っている。そして「人生は短い」という感覚を持っていると以下の2つを求める性向が現れる。①「非効率」を減らしたい。②「選択肢」を多く保っておきたい。そして真剣にこれら2つを求めて生きているとどういう癖がつくか。「常に考えながら走る」という癖がつく(モダンサッカーこそ人生?)。戦略のない行動は、単にサイコロを振っているのと同じ。検証ができず時間の無駄。常に考える。常に走る。情報も武器。経験も武器。とにかく情報を集める。とにかく経験する。

人生は短いので、例えば受験も頑張れた。「善かれ悪しかれ学歴があると選択肢は広まりそうだ。」「よし、手に入れよう。」と考えたことは役割を果たした(センター試験二日目がんばってください。)。高3を過ごした2002年はW杯イヤーだった。友達の家に行ってみんなで代表戦を観戦した。あの6月の鈴木隆行を忘れない(昨日の引退試合、AbemaTVで観ました。最高でした。)。夏休みは秋の文化祭に出るためにバンド活動に励んだ。問題もストレスも生じなかった。効率性はそうやって人生を豊かにした。

東海中学・高校の6年間は「効率性」と「選択肢」を育んでくれた。少なくとも情報の宝庫だった。社会的な立ち位置なんて関係なくみんな今でも人生を楽しんでいる。自分は今でも、陽気な彼らからしたら隅っこの中途半端な場所にいる。林修先生先輩や高須院長先輩なんかを見ていてもそう思う。すごいよなぁ。自分は他の同級生たちのようなサラブレッドではなく野良の子どもだったけれど、「効率性」の神には愛されている予感があった。自信もあった。何も難しいことはなかった。必死に勉強する必要もなかった。同じ感覚を持っていそうな友人がいたのも手助けになった。彼は夏休みを、ドラムをゼロから学ぶのに費やして、一緒に文化祭の舞台に立った。そして同じ大学に行き、日本で一番大きい法律事務所で働いている。すごいよなぁ。最近知ったのはメルカリ先輩。すごいよなぁ。

 

18歳で東京に出てから、とにかくいろいろな挑戦をした。全てが実力だった訳では全然ない。それこそ例えば予想通り(いや、予想以上に)東大生というのは効率性をもたらし選択肢を拡大した(「ラベルが通用してしまう」という事実自体はもちろん善かれ悪しかれ。しかし事実として利用できるなら使えるものは全て使いたい。なぜなら人生は短いから)。しかし使えるのは入口をこじ開けるところまで(「まほうのかぎ」くらいかな。「さいごのかぎ」ではない。)。こじ開けたあとはとにかくトライアンドエラー。戦略を持って走り続けた経験は、様々なことを効率化したし、様々な選択肢をもたらしてくれた。いろんなラベルを手に入れた。しかしチームづくりに失敗し最も大切だったチームは消えてしまった。折れた。

最近とあるインタビューで自分から出た言葉がとても腑に落ちた。「自分が何が得意で何が苦手かを把握しているので、いつもポジティブでいれるんです。」と。ポジティブでいれることは、効率性・選択肢に愛される秘訣なのかもしれない。走るのをやめなくてよかった。「また何かあんだろ」と思えてよかった。

振り返れば20代はこの「何が得意で何が苦手か」を把握するために捧げられた。トライアンドエラーでしか手に入らなかったものがたくさんある。危ない目にもたくさんあった。予期せぬ幸運もたくさんあった。もちろん走って逃げることもあった。何度もアーバン・ブルーズに貢献した。それにしても、20代までの自分を知ってくれている中高の友人たちはかけがえのない存在だ。

 

あらゆる戦略にデメリットがあるように、当然この「人生は短い」戦略にもデメリットがある。それは…。ああもう。「・チームづくり / マネジメント・早期独立したい弁護士さんは私に相談してみたら」これらがいいたかったのに全然いえなかった。1巻まるまる回想シーン。

はい投稿

本2017

・2017年に発売された

・その本に関連する業界で働いていて信頼できる人から紹介された

・自分でも気に入った

・ハイコンテクストでない / 専門書でない

 これらを満たす本を列挙します。他にもあったかなぁ。オススメです。

 

Airbnb Story

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プロスポーツビジネス 私たちの成功事例

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ビジネスパーソンのための法律を変える教科書

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東大ロースクール 実戦から学ぶ企業法務

東大ロースクール 実戦から学ぶ企業法務

 
人工知能の核心 (NHK出版新書)

人工知能の核心 (NHK出版新書)

 

 

JPYマイニング

仮想通貨をおもしろがれる感性。ブロックチェーン以後を楽しく想像できる感性。…でありたいと思う年末。手を動かすのは大事。ついつい動きを見てしまう。

振り返ると「もし私が仮想通貨・ブロックチェーン技術に浅すぎる状態であの忘年会に行っていたら…」というケースが2回もあったことをご報告します。若手経営者や同業者で集まるとどうしても仮想通貨の話題になるんですね。みなさま仮想通貨への見解が深いし個性モリモリ。何よりも、全員が自分の事業と絡めて話せる。当然だよなぁと思うとともに刺激を受けました。私自身も、自分が抱えているサービスとの繋がりを確認したり深めたりなんかして。会話ってすごいなと思いました。素朴に。そしてどうなるんでしょうね世界は。

ともあれ。若くておもしろそうな事業者さんとお仕事がしたい。そう思っている経営者弁護士さんは、世の中のことを知っておくのは大事かもしれません。ちなみに私に仮想通貨・ブロックチェーンに関する薫陶を施してくれた友人も外資系事務所の同業者です。自分のサービスと直接関係なくとも、真剣に生きている人たちはやっぱり真剣に捉えているんだなと思うばかりです。彼のおかげで忘年会ぼっちになりませんでした。

話題として仮想通貨は手っ取り早いですね。個々の世界観の更新ぷり、その速さや慎重さの個性モリモリ加減が面白い。面白いと思いました。素朴に。限られた時間にある自分の命を生きている。

 

ホルダーとしては招くのがあるべき姿なので、少し招きますと。最初の一歩は取引所選びだと思います。靴さえ履ければすぐに外出できます。これ以上は招きません。

ちなみに私が取引所としてC社を選んだ決め手は3点あります。それは、「仲の良い友人が利用していること」「少し前まで本社が恵比寿にあったこと」「COOが著した『いまさら聞けない ビットコインブロックチェーン』が類書の中でもかなり読みやすくお気に入りであること」です。

3点ないときも「3点ある」と先出すのは大事だと書こうと思ったのですが、実際に3点ありました。ありがとうございます。弁護士さんでいえば、セミナーなんかをやるときは、3点話法(?)は大事です。先出しすると、マジで聞く準備してくれるからね。マジで。それを感じられるのは登壇者特権かもしれません。

 

とはいえやはり基本はJPYマイニングです。手を動かして得られるものしか大事にできませんからね実際。なのでお小遣い程度しか入れていません残念。

 

それにしても、こんな時間(午前5時)にblogを更新するのはセンスないなぁ残念。他方で自分の仮想通貨観に一切触れなかったことは良いこと。よく我慢した。これだけダラっと書いて論旨一切ないのもよくやった。ちぎって持って帰ってください。お疲れ様でした。さすがにトークンは厳格に規制内に捕捉した方が良いと思っています。

今年買ったもの

大好きな先輩から、私に足りていないものとして「後輩の面倒をみること」「先輩らしく振る舞うこと」と指摘されました。反省しました。このブログは前回以降、開業したばかりの同業者向けに書くことにしました。ささやかにお役に立てればと。今年買ったものをまとめます。

 

Mac Book Pro 13インチ

事務所で日々の業務を行っていくにあたり、デスクトップPCは不要だという実感を得ました。

都内で新たに開業した場合、クライアントになりやすいのは「拡大し始めた4期目ぐらいの企業」という体感があります。様々なものが整って、そろそろ法務にお金をかけようか、という段階です。そういった企業の代表者や担当者は同世代であることが多いです。そして彼らが打合せで使用しているPCはMac率が極めて高いです。必然欲しくなります。絶対に欲しくなります。買いました。

また、経営者弁護士だと外での軽い打合せも多いはずです。持ち運べるPCはあった方が良いと思います。もちろん記録管理や守秘義務には注意。

弊所の弁護士はWord・Excelを使用しているので、私もMacを購入後「Office365」の契約を始めました。事務所のPCをほとんど使わなくなり、私のPCだったものはスタッフ用のPCとなりました。

個人的な感想としては、iPhoneiPad Proで「メモ」アプリを多用していることもあり、どの端末からでも確認・加筆修正ができて大変便利です。プライベートでも、「Final Cut Pro」で結婚式用の動画を作り、動画の背景曲を「Logic Pro X」で制作するというベタな使い方もしました。マシンに愛着を持てるのは大事。

アンタイ「PCにステッカー貼る派」だったのですが、サッカークラブを運営している顧問先のステッカーを1枚だけ貼っています。これぞというもの以外は貼らない方が良いです。

 

MASTER-PIECE STREAMバックパック W285 H430 D120 (mm)

「スーツにリュックはやめておけ」説もあります。しかしこれが成り立つか否かは普段接するクライアントの属性によります。個人的には両手が空くリュックこそ至高です。しかし事実として「スーツにリュックはやめておけ」価値観は存在します。「事実として存するあれそれ」に気を配るのは基本です。クライアントの属性に合わせましょう。お客様あってこその我々です。

 

Amazon Fire TV Stick

Amazonプライム・ビデオは至高。DAZNも引くぐらい観てます。結婚式の景品にしたら大好きな友人に当たりました(彼もヘビーユーズしているようです)。つまりこれ一本でみんな幸せです。買いましょう。プレゼントしましょう。Netflix加入のタイミングを見計らっています。息抜きは大事です。集中力や熱意をついつい無限であるとみなして無理をしてしまいがちですが、それらは有限です。無限とみなしても支障がないものは酸素くらいです。休みましょう。

 

よーし、明日は書籍をまとめるぞ。

 

そういうとこ

昨日、新人弁護士さんたちが一斉に世に放たれたそうです。おめでとうございます。4期目になろうとする弁護士として、これまでを振り返ってみることにします。先輩らしい振る舞いをすることが普段あまりないので、たまには言語化して残しておこうと考えました。

 

私が弁護士になるにあたって考えていたのは、①「しっかり稼ぐ」こと、②「やりたい分野で仕事をする」ことでした。いずれもほどほどは達成できていますが、①と②を融合した「やりたい分野でしっかり稼ぐ」ということは力不足で実現せず、①(一定程度)定型化して「指示や書面チェックのみで回る案件」で余力を発生させ、お金を時間に変え、②「やりたい分野」に打ち込むという生活をしています。債権回収のお仕事がおそらく適正に合っていたようで、紹介に次ぐ紹介で拡大してしまったのが現状です。拡大するにつれ、懐が深くなるにつれ、仕事の自由度は格段に上がりました。普段は「奇跡が起きたんです。えへへ。」としか言いませんが、結果を出してきたからこその現状なのではないでしょうか(そう思えるくらい仕事の質は各事務所・弁護士で全く異なります。例えば債権回収だけでも年に80件程度行っており、総案件のうち半分は相手方に代理人がつきますが、対応の質には驚くほどの違いがあります。)。

 

1 日常

私のクライアントは以下のとおりです。おそらく他の多くの事務所さんと同じだと思います。

・顧問先

・毎月まとまったお仕事をいただく取引先

・突発的なお仕事をいただく取引先

・飛び込み案件(芸能周りのみ)

 

顧問先は現在ほとんどありません。私が見聞きする範囲では、一般のビジネスと同様の速度でお仕事をされている事務所さんは(巨大事務所もそうですが)顧問先を持たない事務所の方が多いように思えます。「取引先」は、しっかりとした仕事をしないと離れてしまいますので、「顧問先」にしてしまわないのは、良い刺激になりますし健全だと思っています。もちろん別の考え方も大いにあると思います(以下、「もちろん別の考え方も大いにある」を2億回くらい省略して綴ります)。

 

「しっかり稼ぐ」型の業務は、指示出しと書面修正を中心としています。これにより、時間や集中力といった余力がかなり生まれています。運良く全ての日で余力が確保されていますので、突発の打合せに対応できるようになっています。ゲームやサッカーに関するものが多く、スーツで行くと完全に浮いてしまいますので、だいたい私服で過ごしています(すみません言い訳です)。ゆったりとした時間をもって生活しています。

 

何をしているかと言いますと、契約書チェックや、日常の相談、新規事業相談、利用規約・プライバシーポリシー作成などをひたすら行っています。取引先にMacBook Proを持っていき、お話を聴きながらデスクをお借りして仕事をすることも多いです(それが善いことか悪しきことかは別として)。私のようにフラっと仲良い企業さんのお手伝いをするタイプの弁護士さんは、こういう内容の業務になりやすいと思います。8割くらいは、弁護士のお仕事を始めてから出会った企業さんになります。

 

その他、刑事事件も扱っていないですし、一般的な民事もやらなくなりました。企業案件以外はほぼ手を出していません。例外として芸能関係のご相談が月に4,5件入るくらいです。 

芸能案件は紹介が多いです。おそらく芸能問題のリーガル的アレソレの意識喚起が彼方でなされている効果が大きいと思います(よく存じ上げませんが、能力の高いイケメンの弁護士さんがおられる?)。そこから流れて「これまでの実績」や「リーズナブルさ」でうちに転がり込んでいるという流れでしょう。交渉案件が多いので事務所の色にも合致しています。また、ノウハウも溜まっています(文春に撮られるなどという案件も発生しました)。案件的にはクライアントが有利な事案が多いため、ストレスのかからないものが多くなっています。

 

20代の頃に気づいたのは、「ストレスを減らすのは「興味」」説です。「興味」というのは偉大で、事案的に厳しいものや、時間を取られる案件であっても、クライアントの事業に共感していれば歯をくいしばることは苦になりません。いずれにせよ、短い命です。どの瞬間も「過程として我慢する」のは嫌なので、ストレスがかからない仕事を選んでいます。これは生き方なので変えられません。似た生き方をされている方も少なくないかと思います。ストレスが当たり前、という前提を疑って弁護士さん生活を送った方が良いです。人間の命って短い命なので。本当に。

 

2 このお仕事

仕事は、どのような仕事も、人と人とのやり取りになります(この仕事では、「クライアント」「相手方」「監督官庁」「裁判所」「世の中」といった人のことを気にすることになります)。「対人」の能力が仕事のクオリティの本質になるところは、他の職業と変わりません。何か特別な仕事だと思っていると、クオリティを発揮できないのではないかと思っています。

クライアントに出すメールも含め、弁護士が出すあらゆる文書に対し、すべて私がチェックして修正をかけています。これは必須です(私が見聞きする限り、巨大事務所を含め、しっかり仕事をしている事務所はどこもそうしているようです。(あ、そうそう。横のつながりは大事です。たくさん見聞きしましょう))。チェックする側の能力が高いわけではなく(適性の問題はあるでしょうが)、誰かがチェックすること自体が重要です。いまだに9割以上のメールになんらかの修正を加えています。相手方とのコミュニケーションも同様です。事前に指示を出すことは結果に如実に影響を与えるため、事前の指示を綿密に出すようにしています。

(そのような観点から申し上げますと、お一人で独立されるのは一度考え直した方が良いです。私でいえば、「3」で述べますように「受託制作」的なお仕事で、初期に徹底的に外部の色々な先生にダメ出しされたことが今の私をつくっています。日常に関しても、事務所内部に自分以外の弁護士がいた方が良いです。絶対に。)

例えば「任意交渉」を例にとれば、いくらロジックが整っていても、相手方が納得しなければまるで意味がないのは明らかです。「任意交渉」に限らず、ほとんどの局面で、相手方の「納得」をいかに調達するかが本質になります。「最高裁判例がこう言ってます。」「監督官庁ガイドラインにこう書いてあります。」といったものは、「納得」を調達するための一つの材料でしかありません。私どもの仕事は徹頭徹尾「対人」のコミュニケーションです。…と熱くなるには理由があるのですがここには書けません。

 

3 新規案件の獲得

綺麗ごとではなく、「目の前にある仕事のクオリティを確保すること」が新たな仕事を呼び込むことも、他の職業と変わりません。また、「興味」はここでも偉大です。クライアントのプロダクト・サービスや業界に通じていることは、クライアントのコミュニケーションを含む仕事のクオリティに影響します。常に好奇心を持って世の中の様々な出来事に注意を払うことは不可欠です。これも他の職業と変わりません。あとは、営業なんてしない方が良いです。日々を気持ち良い人間として気持ち良く過ごすのが最善の策です。…と熱くなるには理由が(略)

 

早期に独立したい方に言えるのはアレです。弁護士に限らず、新規事業をするにあたって、①まずは受託制作をして、受託制作によって「資本」や「組織としての仕事のやり方」が整ったら②独自の事業を行う、という過程を経るのが定番です。私は開業当初からこれを実践してきました。定番です。

 

と書いていたら好きな人が起きてきたので、続きはまた今度…(「2」を始めたあたりで力尽きました。しっかり後輩の面倒をみなさいよ、、そういうとこやで。。

どうぶつの重心

今年も締めの月に到達してしまった。スモールトークのトピックも「今年のプロダクト・サービスで素敵だったのは何?」に染まりつつある。

 

年末に至り爆発した「どうぶつタワーバトル」は出色の出来だ。このサービスに送る拍手は惜しまれない。

しばらく(3日間)はそう思っていたが、すっかり萎えてしまった。

私の積み方を横で見ていた仕事仲間が、おかしな名前でその積み方を呼んだことが契機になった。発覚したことは一つ。すでに複数の攻略サイトができており、ネットでは攻略情報が交換されているようだ。戦術やテクニックに名前が与えられ、各どうぶつの重心の位置やどうぶつごとの配置のコツまで紹介するサイトもあるようだ。

すっかり萎え果ててしまった。

 

ふと「ストリートファイター」のトッププロ数人と過ごしていた生活のことが思い出された。当然だ。このゲームも、勝ち続けるためには、「フレームを覚える」「どの攻撃をガードしたらどの反撃が確実に当たるかを覚える」などの(現実世界での物理法則にあたる)「情報」や、経験則に関する「情報」が必須だった。巨人の肩に乗ることが必須だった。彼らはコミュニティを形成し、コミュニティ内で「情報」交換を行なっている(この情報交換が日本選手の強さの秘訣にもなっている)。本当に奥深い。「情報」「練習」「頭脳(人間性能)」といった自らが持てるものを駆使して世界中をツアーで周り戦う彼らは、意外にも素直にカッコいいと思えた。「単なるゲーム」だったものから哲学を引きずり出した先駆者の男は本当に化け物だと思えた。全てを賭けて、それでも勝てない人は、惨めに映る。そんなリスクを背負って実力をつけ必死に生き結果を出している人たちは、きちんと輝いていた。スポーツと呼称することの違和感は今に至るまで拭えないが、魅力的な厳しい世界がそこにはあった。

反面。魅了される反面、私は対戦ゲームに手を出せなくなった。遊び半分では限度があるからだ。一番になれないのであれば、自分にとってはやる意味がない。すべての時期で、自分は「頂点」をとりたいと考えて行動してきた。それはゲームの世界で戦っている人たちのうち結果を出している人たちも同じだった。思えば友人たちのほとんどもそう。日々接している起業家やプロサッカー選手たちを見ていても同様である。多くの人間が「頂点」をとりたくて生きている。私だってそのことは隠せない。

時間は有限。そうであれば取捨する必要が出てくる。情報を集め、動きながら戦略を立て、戦術を練り、できるだけサイコロを振らずに生きるべきだ。「攻略サイトを見て、練習して、情報交換をする」という過程なく「どうぶつタワーバトル」を続けるわけにはいかなかった。それでは真剣に向き合っていることにはならない。限りある命を真剣に生きていることにはならない。ちょっと工夫してサイコロを振っているにすぎない。やるのであれば徹底的に情報を集めるべきだろう。

 

今年は「デュエル・エクス・マキナ」と「ドラクエ・ライバルズ」というスマートフォンのカードゲームを楽しんだ。本当に楽しかったのだけど、同様の理由で心からは楽しめなくなった。駆け引きの中で最善手を選ぶ自信はある。精度を高めていく自信はある。「運」と「頭脳」による勝負であればどこまでものめりこめたと思う。しかし、「30枚ひと揃いのデッキにどのカードをセットしておくべきか」についての最善手は、一定の情報を仕入れなければ辿り着けない。攻略サイトを見ないわけにはいかない。

巨人の肩には積極的に乗るべきだと考えている。「非効率」は徹底的に排除したい。そう生きてきたじゃないか。そうであればやはり攻略サイトを見るべきだろう。しかしそれはできなかった。「読んでそのとおりにデッキを組むこと」に意味や楽しさを感じられなかった。せっかくの美しい作品たちだが、自分には合わなかった。自分にはやるべきことがあるはずだ(そう囁かれたがるのが人間だ。これらのカードゲームも、奥に踏み入れれば圧倒的な魅力があるだろうことを感じながらも)。

(なお、「ストリートファイター」は、これらとは別の理由で私はのめりこめない。中高生だった際、バンド練習の終わりにゲームセンターに寄ることが少なくなかった。そこでは当然、みながスト2(振り返ればおそらくスト3だった可能性が極めて高いが、内輪では「スト2」と呼び続けていた)をプレイした。しかしそれほど上達しなかった私はあることを考えた。「暴力がテーマになっている以上、画面の外で倒すことも許容されるべきだ。外で倒してしまえば画面の中でも負けない」と気が付いたのだ。身体を鍛えると、私のゲーセンでの楽しみは終わった。身長が伸びにくくなったという残滓をいまも私は纏っている。)

 

「こう積むとうまくいきやすい」といった経験則は「情報」の領域。本気で戦うのであれば、「情報」を集めないわけには行かない。どうぶつの重心を感じることは「頭脳」の領域かもしれない。しかしこれも一定程度は「情報」でカバーできてしまう。ああなんということだ。「すでに一定の情報を自分が持っていて」、かつ、「頭脳で楽しめる」ゲームはないだろうか。私はそこでスマートフォンを置いてMac Book Proを開いた。目の前にたくさんあった。ああなんという。なんということだ。仕事が新鮮な気持ちで進むのであった。恵比寿で私は今日もどうぶつの重心を探り当てようと試みるだろう。

ああしかし世界を更新したい。私は隠せない。「どうぶつタワーバトル」をやりながら嫉妬に狂った自分を忘れてはならない。プロダクトやサービスが欠けて「非効率」が発生しているのは、決して不可避なことではない。「非効率」を除去して世界を更新する者は何人も何人も現れている。ありふれた野心は私にも備わっているもので、他の者が見落とした可能性を探り当てることでのみ得られる無形の報酬を得たいと考えている。そういえば、いまや様々な弁護士や法律関係者(東大の白石忠志先生さえも!)も言及するようになったeスポーツ。ちょうど2年前の2015年の夏に「eスポーツが来る」と口走り仲間を集め法律家としてお仕事を生み出してきた。法律家になる前もそうやって生きてきた。私を知ってくれている友人たちがいつも私を照らしてくれる(RPGが好きです)。

次の2年先も頑張らねばなるまい。まずは仲間集めから。健康管理から。

 

音の鳴る方へ

平成291110日(金)夜、東京キネマ倶楽部でのパスピエの公演はとても良かった。今年3度目に観たパスピエのワンマン。ドラマーが脱退してからは初。彼らは、見て取れる、聞いて取れる程度に変化していた。そうせざるを得ず、そうなっていった。新体制初の曲である『音の鳴る方へ』は痺れた。

多くの局面で、「そうせざるを得ず、そうなっていった」をどう転がせるかで勝負は決まる。例えばマツコデラックスさんが知性を宿した過程もきっとそうだったろう。例えば予算・人員からクオリティに制約があれど、限られた機能に対し「ストーリーを与える」などして乗り越えたビジネスはいくらでもある。繰り返されている。今のジャンプ漫画でいえばブラッククローバーだろうか。黒子のバスケも端的だ。そして私自身も、幼い頃から制約に屈しなかった。このことをもっと意識しても良いのかなと思った。5年前に背負った新たな制約も同様に(もう2度と物理的に耳鳴りは止まないしライヴは耳栓をして臨んでいるけれど)。様々なことはあったし、様々なことがあるだろう。東京キネマ倶楽部の入口をすぎると、BaseBallBearから花が届いていた。何も思わず通り過ぎることはさすがにできなかった。痛みを知るバンド同士。旅は続いていく。

自分のいる環境を受け入れて、「今いる場所から何を得られるか」を貪欲に考え続ける。多くの人が、優秀になる過程でそうせざるを得ず実践する素朴なTips。私もこれをまず徹底して来た。岩政大樹氏の名著『PITCH LEVEL』にも当然これは記載されていたと記憶している。これができたから岡崎慎司内田篤人は突出したプレイヤーになった。そんなことを思っていたら岡崎慎司自身も最近そのことを記事にしていた。

コントロール可能なものとそうでないものを峻別する。優秀な友人たちや先輩方のお陰もあっただろう。私もこれを徹底してきた。しかしもう丸3年が経とうとしている。前提を受け入れて創意工夫することも必要。そこでこそ生まれるものが必ずある(カートコバーンでさえ曲中で何度も韻を踏んだ。サッカーは手を使えない(だからこそ))。ジャズでいえば「名曲はない。あるのは名演だけ。」の精神。他方で、打開すべく前提を疑うことも必要。何事もバランスの問題。だからこそ難しい。

私がいなくなったら、音の鳴る方へ。