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偶然の恵比寿

恵比寿の弁護士 藥師神 豪祐のブログ

知と世界認識

フットボール お仕事

先日、東京大学日本サッカー協会の提携記念式典を見届けるため、文京区本郷にある安田講堂に行った。聖地安田講堂。東大生でも卒業するまでに2回くらいしか入ることのない聖地。

東大総長五神氏、JFAの田嶋氏や川淵氏、FIFA会長らが一堂に会する様のラスボス大集合感。悔しいものの圧倒された。

FF15をクリアしたばかりで「ラスボス感」について輪郭が縁取られていたタイミング。それでもなお耐えうるラスボス感)

東大総長の任期は、前総長の濱田氏の代から4年ではなく6年の長期任期に変更されている。壇上で五神氏(任期は平成27年4月から)は東京五輪を視野に入れた長期的な展望を語り、その重要な一部としてこの提携を位置づけた。

類似の提携のほとんどがそうであるように、「定期的に挙がる報告書」が唯一の成果物となる可能性もある(壇上でこの点を指摘されていた方もいた)。しかし、東大の持つ「知」とサッカーの持つ「競技としての圧倒的魅力」に配慮し合った講演は、形而下に降ろさずにはいられなくなるような、とても素晴らしいものだった。

提携の身体をVRし、今なお眼前のコーヒーを提携として触れたいくらいだ。

東大の掲げるリベラルアーツ。その関心の中心には、啓蒙的な知識を増やすことではなく「実益」が据えられている。そこが好き。法律も同じ。「どう使うか」にいくらでもアートの余地がある。法について李斯が何と言っているかは、キングダムを確認する必要がある。

タリーズにいる。タリーズのコーヒーを飲む時に得られる示唆。世界の箱の中に、「広く多様な他者と交流すること」がもたらす効能が少なくとも2つ入っていることが知られている。

一つは充足。「混ぜたらどうなるんだろう」という知的欲求。それが満たされる。穴があったら埋めたい。それが全て。できる限りの穴を見てみたいし、できるならその穴を全て埋めたい。

とはいえ、それを否定するために必要な嘘はたった一つ。残念ながら、たった一つ嘘をつき、それを諦めなければいい。そうすればあんたは私や私的なる存在ともう手を繋ぐ必要はなくなる。私は桜井和寿さんではないのでand I love youの大サビは並行世界の先の先にある。各々が各々のものさしで選択をすればいい(その集積が一切「社会的選択」につながらないのは、ミクロ経済学があるのにマクロ経済学が要請される理由や、「複雑系」などと厨二っぽいフレーズを学者たちが口にせざるを得なくなった理由を尋ねるのが早い。そして自分がどうやっても世界から出られないことに苦しめばいい。引っかかりに怯えながら思い込めばいい)。ただしジョジョ7部の大統領が持ち出せないのは遺体だけだ。小さな嘘なんかではない。

もう一つは、確認。「一流」の人は、どの分野で闘っていようとも、結局は同じところに到達し、同じような哲学をこの世界から引き出している。そのことを確認できる。今年初頭に自分のヒーローだったビーストに出会ったのは自分の人生で有数の出来事だった。彼の周りにいた巨人二人も自分の小ささを思い知らせるには十分な破壊力だった。私は破壊され続けている。アンドビルド。

堀江貴文さんも同じような発想に至っているのかもしれない。タイトルは趣味に合わないものの、先月に発売された『なぜ君たちは一流のサッカー人からビジネスを学ばないの?』は多くの示唆と確認をくれた。宇佐美貴史宇佐美貴史となるのを私は待っています。

その式典の数日後、今度は横浜アリーナJリーグアウォーズを観に行った。お仕事でJ3栃木SCFC琉球の試合を観に宇都宮まで行ったとき以来の、肉眼でお見かけするサトミキさん。その可愛さに世界が震えた。宇佐美貴史氏からの井手口氏に対するメッセージに心が震えた。

 

「知」と「世界認識」。これに、大人なのでもう一つ加える。「大義名分」。世界を更新したい。クラウドアトラスに出てきた弁護士はおおよそこんなことを言った。「僕には助けられない。君には君の運命があるんだ」。正解はない。サルトルが言わなくとも、どの次元で神概念を導入するかの違いにすぎない。なぜ花は綺麗なのか。虫を呼ぶためよ。なぜ虫を呼ぶのか。花粉を運んでもらうためよ。なぜ花粉を運ぶのか。種を保存するためよ。なぜ種を…。好きなタイミングでそれぞれがそれぞれのものさしをあてて止めればいい。どこであれ、「納得」という最低限の効用は得られるだろう。足りない。自分のものさしが満足してくれるような「実益」が欲しい。跳躍が起きて貨幣になったのは「李」だけ。思い込みが剥がれない。まだ見つかりません。